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【わろてんか】上方萬歳→漫才の歴史のはなし

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自分の中で絶賛大ブームの連続テレビ小説「わろてんか」
きっと当時の人の生活とは違うんだろうけど、きっと価値観も違うんだろうけど
その物語の中で生きるキャラクターたちは多分、こういう人生を送った人がいたんだろうな
そんなリアリティーがある。
そんな「わろてんか」の時代背景を、漫才の歴史を解説することによって書いていきたい。
この本を参照にしています。上方演芸大全、大阪府上方演芸資料館(ワッハ上方)編 創元社

漫才のなりたち

漫才とは万歳と昔は表記した。
ルーツを辿れば、江州温度の音頭とりから派生し、音頭の合いの手に笑いを取り入れて万歳が生まれた。
アヨショソレコラショアソーレソレソレソレファイアータイガーザイバーザーザーンってやつですね。
二人組みの万歳をもう少し辿る、上方演芸大全によると

太夫がめでたい歌を歌いながら扇を広げて舞い、才蔵は鼓を打ってその伴奏をし、合間に入れる滑稽を持つ。
現在の漫才で、2人の縁者の役どころ、いわゆるボケとツッコミはこの伝統を受け継いでいる。

つまり漫才のルーツである万歳は、今でいうとこのリズムネタだったのである。
テツアンドトモなんか本当にこの体であり。
大夫がめでたい歌を歌いながら(トモがギターでなんでだろうを歌いながら)、才蔵が合間に入れる滑稽を持つ(テツが滑稽な動きと滑稽を加える)
M1グランプリでテツアンドトモが出演した決勝戦
松本ひとしは果たしてこれを漫才と呼んでいいものだろうか、といったが、
彼らの演芸は間違いなく万歳である。松本ひとしが云ったのは正しくは、

松本ひとしが云ったのは正しくは、

彼らを(しゃべくり)漫才と呼んでいいものか、という意味である。

万歳に話を戻す。演芸場で上演されることによって万歳は万才と名前を変える。
太夫が扇を持ち、才蔵が鼓を持つ伝統は演芸界において廃れる。
太夫の持つ扇は意図を代え、才蔵の頭を張っておかしさを高めるものとなる。
そうです、これがハリセンです。
作中ではキースが開発したハリセンですが漢字で書くと「張り扇」
キースがあの形のハリセンに行き着いたことは伝統にのっとったものなんですね。

キースとアサリは当時の王道の万才だった!?

キースとアサリのネタの導入はお囃子からはじまる。
ここにいますはキースとアッサリ¨チャカポコチャカポコ
ここからどつきどつかれの元ピン芸人同士の人だからこそできるやりとりが始まる。
リズムを大事にしたネタである、これも万歳にのっとたことですね。
そんなキースとアサリは新しいものを模索し、「インテリ漫才」を試みる。
それをみた大阪のお客さんはおどらんかー歌わんかーどつきまわれやーとヤジとミカンの皮を投げる。
当時の王道からは遠く、お客さんが求めていた「万才」に反するものであったのであろう。
当時の大阪では万才とは踊りあり、歌いありの演芸だった、ということですね。
どつき万才ですっかり定着してしまったキースとアサリの今後はいかに!?
どつき万才は大阪では流行し、その「ハリセン」の形はさまざま

太い竹(しんじゃうよぉ)
拍子木の中を空洞にしたもの
ハリセンの中にかんしゃく玉をしこんだもの

藤吉の云うとおりどつき万才には限界がある。。
いやぁ、よい子はマネしちゃいけませんよ要素満載だぁ。
太い竹はいかんだろ!太い竹は!


画像は行き過ぎたどつき万才のイメージ流石いらすとやさんだ!

当時の寄席の様子

明治20年頃の寄席は猥雑なネタも多く、客も男ばっかりだったようだ。
すると、まぁ、下ネタで客を喜ばす芸人も多かった。
だからキースはともかく、アサリはドラマに写らないシーンはアキラ100パーセントさんみたいなことをしていたのかもしれない。
この辺はNHKの限界だね!

劇中で描かれている
女の人や家族連れの客が安心して聞きに来ることのできる漫才、誰もが共感できる「無邪気な笑い」
上の言葉は秋田實(みのる)という漫才作家の言葉である。
この理念が作られるのは昭和に入ってしゃべくり漫才エンタツアチャコが世に出てからである。
さらに彼の言葉を借りるならば
学生時代に小屋で見たものは「猥雑で卑猥で低級で下品」な万才であった。
とある。

子供も女性も楽しめる風鳥亭、これはフィクションの中の世界かもしれない。
それとも番組作りをしていた藤吉の方針と努力で、そのような寄席はあったかもしれない。

この辺はNHKの演出だね!

そもそもわろてんかの芸人のモデルとは

キース:横山エンタツ アサリ:花菱アチャコ 万丈目:秋田實
本から調べてこの3人の名前を見つけたんだけどちょっと調べてビックリ!
わろてんかの3人の芸人は万才に革命をおこし、漫才に昇華したレジェンドマンたちだったとは!
ただこの3人は時代背景とは少し時間がずれる
これはフィクション、歴史の中のIFを素直に楽しもう。
関東大震災後、日本の大衆社会は急激に欧米化する。
新しいもの、がもてはやされる時代である。
当時、漫、という文字には新しいものを意味する言葉であった。
漫談、漫画、そして漫才である。

うーむ、ダンゴ師匠や風鳥亭のモデルになった歴史もこの本に書いてあるのだが今回は漫才のみにしておこう。

ここから三月の最終回に向かっていく連続テレビ小説「わろてんか」!
眼が離せないぜ!

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