人生

人生⑰それでも自信がないはなし

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前回の日記よろしく、僕はポスティングのバイトを五年間続けた。


なかなか離職率の高い職場だった。入って20パーセントも三ヶ月続く人はいないだろう。
仕事もやっちゃいけないことは教えてくれるが、その後は自分でノウハウを開発していくしかない。
コツはいっぱいある。
管理人のいるアパートへのアプローチの仕方、
原付バイクの使いこなし方
チラシの形に対する対応
気候に会わせた装備
ぱっと思いつくだけでこれくらいか。見えないノウハウもきっといっぱいある。
結構知恵を絞る必要がある
クレームも多い、そういったクレームは所長が対応してくれるのだが、チラシ撒いたヤツもつれてこい、という展開もある。
夏は暑く、冬は寒い、特に冬の雨はこたえる。
キツイ仕事ではある。
でも一人でできるって意味では向いてる仕事であった。

 

内勤の女の子で仲のいい女の子がいた

21歳だったか、専門学校を出てフリーターをしているそうだ。
ほんとに仲が良かった、機会があれば一緒に帰ったり夕飯一緒に食べたり
あとラインとかしてた、女の子に会おうとしなくても毎日会える、そんな恵まれた環境(人によっては当たり前のように手に入る環境かもしれない)は始めてだったので本当に楽しかった

 

お芝居の方は半年コースが終わって一年コースを受講することにした。
一年コースのいいところは一年の最後にお芝居を舞台でできるってことだ。
うーんいい目標ができたぞ。
養成所時代の友達から自分らが主催でライブやるから出て欲しい、と頼まれた。
新宿の小屋でやったライブに出た、芝居仲間もお客さんとして呼んだ、自分のやりたいことはできたと思う。
これは僕の成功体験となった。
母親からアメリカに旅行にいかないか?と誘ってきた。
いやライブがあるから無理、と断ったがでもこんな機会二度とないよ、と返す
こっちだって二度と無い機会ばっかりだよあるんだよ。と応えたならばでもこんな機会二度とないよ、と返してきた。
結局父がうまいこと説得してくれたようで、旅行は不参加となった。
それだけですごく疲れた。

 

小演劇俳優として初舞台

一年コースは無事終わり、いよいよ舞台の稽古となった。
人から台本を頂いてそれを演じるのは難しく、楽しかった。
オムニバス三本の構成で僕はそのうちの三本に登場だった。
一つは定年を終えたお父さんの役
もう一つは外道の極みのYAKUZAの役。
YAKUZAの役作りは本当に楽しかった、だって自分の中の狂気を前に出すだけでいいんだもん。
お父さんは難しかった、娘役の女の子ともうまくいかなかった、
それに僕はお父さんの経験がない。経験がないのである。
なんとか、自分の中にある思い出や経験を育てて自分の中でコレでヨシ!が完成した。

 

公演にはバイト先の女の子も来てくれた。
職場以外で会うのは新鮮だった。
彼女はいたく感動してくれたようでながーーーーい長文のラインを送ってきた。
本当に長いラインだ。でも無駄のない文章。
わたしもがんばります!で締めてあった。

 

その後彼女は専門学校の仲間とコピーバンドを結成する。
たびたび見に行った、うまくいってないことも多かったけどそれを含めて頑張ってるエネルギーが美しかった。
そっから一年はお笑い芸人なのか、芝居の人なのか、悩み多き時代となる。
ちょこちょこライブにも出て、ケーブルテレビの番組で街ロケもやったけど
先が見えない、
やることはやってるけど全力とは言いがたい。
自分の自信がないのは相変わらずだった。

 

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