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人生⑧これが抑うつ状態ってヤツですわ

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高1の頃、我が校にイケメンの新任教師がやってきた。


数学の先生だ。

若い、ということもあって生徒からも人気があった。後輩が後ろからカンチョーしたら
 俺 は 友 達じ ゃ な い ぞ !
とブチ切れたらしい、そうだね、友達じゃないね、お前やりすぎだね、と後輩をいさめた。
ふと思った。僕の学校は中高一貫男子校だ、中一の頃高二の先輩とも交流がある。
当時僕は17歳だ、彼、イケメン先生が浪人とかプラプラした時期がなかったとすると
彼らと同世代、経験的にはともかく中身自体は僕とそこまで変わらないのではないかと
先生何歳なんですか?と訊くと‥秘密じゃ‥と答えた。うん、若造なんだね、と僕は思った。
舐められて当然っちゃ当然である。
彼の教師一年目の2月14日、男子校だとバレンタインデーもほんと平日だなぁと授業中につぶやいた。
僕たちは無言で怒りを示した。
僕が卒業してから数年後、
彼は警察に逮捕された。
山道を原付でとばし、夜道を歩く女子大生の乱暴をしたらしい。
その犯行は常習的なもので、彼は容疑を認めた。
酷く落ち込んだ、彼のそばにいる人が気づけなかったのかと。
僕がいたら、いやこれは関係ないけど止められたのかもと
こんなところに10年もいたらそうなる。
そんな実証結果、証明のようで、酷く彼がかわいそうに思えた。
一番かわいそうなのは被害者だけどね。

高3の春、定期演奏会を終えると部活は引退だった。

自分はというと迫りくる大学入試になんの気力も見出せなかった。
とにかく気力がでなかった。部活をやっていた頃は朝7時半に登校していたが時間ぎりぎりまで寝ていた。
バス停からの長い坂道の途中、歩くのがいやになった。二十分くらい自販機の横で座っていた。
むなしいむなしいむなしいむなしいむなしいむなしいむなしいむなしいむなしいむなしいむなしいむなしい。。
あ、これ本格的に授業おくれるぞと思い動かない身体を持ち上げた。
校門では教頭が待っていた。
おい!てめぇなんで遅れたんだ!
瞬間的に怒りが沸いてきた。
見てわかんねぇのか!遅れたからだよ!バカ!んなこともわかんねぇのか!
と怒鳴った。
おい!ちょっと待て!と云っている教頭を背にさっさと僕は教室へ向かった。
そして寝た。そんな日が何度もあった。
あまりにしんどかった。
歩くのがしんどかったしんどかった。ダイエットも破綻していた。勉強も破綻していた。部活も委員会もやり終わった。
あまりにもしんどかった。母に相談してみた。うちの学校は親に対するフォローが完璧である。
学園祭なんかは親主催のバザーや焼きそば屋が一番盛り上がる。今では外車展示会もやってるらしい。当然親向けのコンテンツだ。
母は
とんでもないことを云う奴だ!感謝が足りない!あんないい学校は世の中にはそうそうない!
体調悪いなら心療内科いくか!?脳波とってもらうか!?
と僕を罵った
夏休み明け、高3は補修があった。でも僕はそれを全スルーした。
僕がひきこもりになったという噂が流れたらしく本当にみんな心配してくれた。
でもその声は僕を救うことはできなかった。
色々と検査を受けた結果僕は肝臓が悪いと云われた。そりゃあデブだもん。二週間学校を休んだ。
疲れはとれなかった。
そんな調子でセンター試験を迎えた。結果はボロボロ。
というかまともに勉強をしていない。
センター試験をうけるほかの高校生たはなんだろう。とてもキラキラしてみえた。
センター試験という一大イベントにドラマがあるようにみえた。
この試験のために本当に準備してきた、そんな自信が見えた。
僕には、というか僕に限らず我が校のメンツにはそれが感じられなかった。
塾にも通っていた、あんたんとこの同級生ってちょっとアレな奴多すぎない?と云われた。
進学校ではない、謳ってはいるけどけしてうちの学校は進学校ではない。
このギャップに苦しんだし、どうやらこのときとんでもない転落のドツボにはまっていたようだ。
高校を卒業した。同級生の進路の半分は浪人だった。
僕も浪人した。
若いんだから人生前向きに、そんなセオリーとは真逆に、破滅に憧れていた。

なにもかも、消えてなくなればいいのに、と思っていた。

2017/12/18記す

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