人生

人生④がんばっても拭えない「でも」中高編

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これは最近の話。
心療内科の先生に自分は地元にいる日々を前世の記憶としていた、と話した。
これまた複雑な処理をするなぁと先生は応えた。
まさにこれから話すのは前世の記憶のおはなし。

 

でも振り返ってみると、あまり嫌なことは覚えていない、のかもしれない。

 

前回の記事に書いた通り

僕は地元の中学校にいかず私立の中学校に入学する。

家から駅は遠く、電車で40分かかり、そして駅から学校はバスと徒歩で40分程度かかった。
片道1時間半もかかる。
12歳なりに

 

無理がある

 

と思っていた。
なのでに入った。中高一貫男子校である。寮である完璧である。

 

今でこそ定員割れで志願者が想定より半分くらいの学校であったが当時は倍率二倍程度の、勉強しなきゃ合格できない学校だった。
今もこの学校は男子校である。
‥男子校っていうシステムが間違っている、そう思う。中高一貫男子校という「エリート」の抱える幻想のはなし

 

寮での生活は馴染むのに時間がかかった。
TVもゲームもできない、できるのは勉強くらい、ということで数学と英語を頑張った。一年目の成績はぼちぼち良かった。
部活はほぼ必修だった。
なにかうちこめるものが欲しかった、でもスポーツはめんどくさいなと思っていたので吹奏楽部に入学した。
毎朝の朝練、昼休みは昼練、けっこう熱心にやった。
中高一貫ということもあり、高校と合同の部活だった。
高校二年生の先輩が楽器の、パートリーダーとなってしきっていくシステムだった。
正直、その時の先輩がよくわからなかった。
えらいモテるらしい、けどその魅力が全然分からなかった。
よく言って器用貧乏、なんでも簡単にできるから、教えかたも上手くなかった。
だけど器用だから彼はそこそこ楽器はできた。
中二の頃に僕の音を聞いた先輩は成長したな!と自分の手柄のように喜んだ。
素直に喜べなかった。
中1の時代はすぐに過ぎた。楽しいこともあったかもしれない。
でもなにかが足りない、と思った。
イライラしていた。年をとった英語の外人先生はdollをダァッル!と読んだ。絶対違うじゃんと思った。
フランス語なまりである。
いろんなことに積極的に参加したけど、なんだかつまらなかった。
なんだかつまらない、勉強をを頑張ってもつまらない。
なんだかつまらない、部活に精だしてうまくなっても自分の成長は遅くつまらない。
なんだかつまらない、とにかくつまらない。

 

でも、自分の人生なんてそんなもんなのかな、と思った。

なんかもう、ほんとにこのときには既に気分変調性障害だったって感じで、

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