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人生②子どもに悩みがないわけがない小学校編

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小学校は家から歩いて15分の公立校へ行った。

規模としてはそこそこ大きく一学年200人程度で全校併せて1000人を超える規模の学校だった。
そんななかで僕はと言うと
両親の不仲も影響しているのか、それとも先天的なもんだろうか
どっちかというと寡黙な少年だった。
太り始めたのもこの時期からで、小4の段階で体重は50kgに届いていた。
するとだ、運動ぎらいになる、運動ぎらいになると体育が憂鬱になる。暗くなる。
まぁありがちなデブスパイラルに陥りがちになる。僕もその一人だった。

 

1年生の頃、秋くらいだろうか、学校に行きたくない、と母に訴えた。
学校、というよりは集団生活のストレスが嫌だったのだろう。
自分のクラスの児童とは仲良くなれても、他のクラスはなかなか難しい。
まぁこの理屈は今でもわからんけど他のクラスだから攻撃してくるヤツもいた。
正直傷ついた。ハートが弱いのはこの頃から変わらない。

 

母は職場に僕を連れて行った。工場のライン作業、知らないおばさんが黙黙と働いていた。
なんだかその黙黙がうらやましくも、大変だな、と思った。
母もその中で苦労していた。父が社長を務める会社なので自然とリーダーであることを求められる。
苦労してるんだな、と思った。
楽しいことばかりではない、人生は苦労の多いモノだと、そう思った。

 

人生は苦労の伴うもんだ、という哲学を得た僕は次の日から学校に行きはじめた。

ゲームのハナシ

スーファミが発売されたのはたしか僕の小一の頃、
世はまさにTVゲーム絶世期であり僕だけに限らず子ども達はゲームに夢中になった。
最初に買って貰ったゲームはゼルダの伝説だった。子どもにあの謎解きは難しい。
幼なじみの兄に手伝って貰った。そうこうしているうちに友達は増えた。
よくゲームの貸し借りもした。年一回か二回しか買ってもらえないゲームは高価(1万円くらいした)だった。
それはみんな理解しており、こどもなりにルールを作った立派な取引だった。
僕は友達の家にもよくいったし自分の家にも招いた。
でもねーうちってほら、共働きなんですよ、6時以降でないと親がうちにいないっていう。
するとどうなるか、我が家がたまり場するのである。
その事実を母が知るともうすんごい怒りでもって感情的に僕を怒った。
でも小学生に家を管理するのは無理がある。と今は思う。
そういった状態に家がなることは自分にとって楽しいことだった。
だがとにかく蒸し返してクドククドク母は言うので僕は思った。

 

楽しいことはいけないことなのかも。。
喋っちゃいけない時に楽しそうに喋る女子(別に悪いことではない)に別に注意するわけでもないけど嫌な気持ちになっていた。

 

これが小2くらいのことか、気がつくと僕はいわゆるしっかりモノの優等生、別の視点からみれば嫌なこと押しつけてもイイ人となった。
小3の時に学級員長にクラス投票で選ばれた。
まぁあれだ、小学生の「大人むけ」のクラスのリーダーなんて誰もなりたくないわけで、立候補がいなければ推薦をということになる。
で、推薦の結果自分にむいてきたわけだ。
嫌だったとても嫌だった。
当時の僕は泣けば許されると思ってたから泣いた、意見がでないクラス会議の司会などしとうない!泣いた!けど覆らなかった。
子どもだったなぁ。いや子どもだったんだけどさ
やってみたら割と楽しかった。言うほど学級委員長の仕事って少ないしね。
奇数の学年は楽しく、偶数は退屈という謎のジンクスが自分のなかに生まれる。

シュウキョーのハナシ

ちょっと話を逸れるが我が家の信仰している宗教のことを書く。
僕の家族、正確にはお祖父ちゃんお祖母ちゃんの代から、ある新興宗教の信者である。
フシギな力を持つおじさんがいて、いやほんとに不思議な力はもっていてもフシギでないカリスマ性を持っていんだけど。
そのおじさんが教祖である宗教である。
子どもの頃に教えられたのは
「5つのしつけ」
ニコニコする、挨拶をしっかりする、うなずき、相づちをうつ、ハイと返事をする、拍手をする。
順番はどうだったか忘れたけど、そういったことが教えのベースだった。
こんなことはボーイスカウトでもやるよ、といわれそうだがそういったモノと宗教の違いはお祈りの有無であると思う。
この宗教では長い時は2時間ぶっ通しでお祈りをする。
自分のために祈ることを良いこととし、他人のために祈ることをより良しとし、地域や世界、より自分を離れた広くのものに祈ることを最上とする。
瞑想でいうならアファメーションだろうか?どんどん望むことのバイアスをはずしていくのである。
僕の家族の宗教はそんな宗教。

 

小3の夏休み、サマースクールといってその宗教の夏休み学校へ行った。
「初めまして」の人が苦手だった、怯えてしまう僕にはあまり楽しくなかった。
でも、楽しかった?と言われれば楽しかった、と演じてしまう、そんな自分だった、これは今も変わらない。

 

小4の時クラスでいじめにあった。
それを僕は暴力で解決した。人生サイドストーリーいじめられた話

 

2017年11月29日記す。

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